京都工芸繊維大学美術工芸資料館

京都工芸繊維大学

京都・大学ミュージアム連携

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Kyoto Institute of Technology

「大学美術館を活用した美術工芸分野新人アーティスト育成プロジェクト」

高野友実/TAKANO Tomomi

◎インタビュー

【2014年】

shadow stealing

《shadow stealing》、2010年

最初に高野さんの経歴について教えてもらえますか?

私は福井県の生まれで、実家は印刷業をしています。私はいま写真の作品を作っていますが、いまから振り返れば、実家には製版に使うフィルムや暗室がありましたし、父親も趣味で写真をやっていましたので、子どものときから写真に馴染み深い環境にいたように思います。建築に興味をもち京都工芸繊維大学に入学しましたが、実のところまったく不真面目な学生でした。写真は、一回生のとき、課題のために自分のカメラを買ったことがきっかけで撮り始めて、その後写真部の部長などをやっているうちに、より本格的に写真をやりたいと思うようになり、同じ学科のなかの映像の研究室に転向しました。学部生の卒業制作のときから、いま私が取り組んでいるような作品を作りはじめました。

なるほど。高野さんはこれまで、主としてカメラを用いずに制作する写真作品を手がけられてきましたよね。それらのシリーズにはどういうものがありますか?

いまのところ「雨」、「影」、「ツル」の3つのシリーズがあります。これら3つは、撮影のプロセス自体に手を加えている点で共通しています。写真のフィルムや印画紙は使っていますが、いずれもカメラは使わずに画像を得ます。 写真を始めた当初は、カメラを持ち歩いて、撮りたいと思った場面を撮影し、現像やプリントを作ることをただ楽しんでいました。しかし何かを人に伝えるための写真や、写真作品の意味といったものについて考え始めると、写真を完成させる一連のプロセスが、非常に複雑に思えるようになりました。実際に撮るよりも、あれこれ計画を練っていることの方が多かったのですが、そうして一つ一つの要素を考えて選んでいるうちに、すでに見たことのある写真に自分の作品を近づけようとしてしまったりすることがありました。そういう作品は自分にとって、あまり面白いものではなかったです。カメラを使わない方法は、私がファインダーを通して対象を見ることなく、対象から直接画像を得る方法であると言えます。それによって、自分の知識や想像を超える写真を作りたいと考えたのが、これらのシリーズを始めたきっかけです。

shadow stealing

《rain 016 film》、2009年

それら3つのシリーズの中で最初に手がけたのが「雨」を記録するシリーズですよね。そのシリーズについて教えていただけますか?

「雨」を記録するシリーズは、写真のフィルムを直接雨にさらすことで制作しています。まず、フィルムに現像薬品を染み込ませます。現像薬品をフィルムにつけると、フィルムは黒くなっていきますが、雨にあてると、雨によって薬品はうすくなります。このようにして雨粒が落ちて流れた痕跡がフィルム上に記録されています。雨という現象に以前から関心があったのですが、カメラを使って写真に撮ってみると、雨が降っている一シーンを撮ることになります。そうではなくて、雨だけを抜き出して再現してみたいという思いもあって、このような記録の方法を考えました。

rain 014

《rain 014》、2009年

実際にやってみてどうでしたか?「雨だけを抜き出す」ことはできたのでしょうか?

雨が降っているときにしかできず、撮り方のバリエーションも大してないので、撮影はとても受動的です。実際にできた画像も、当初予想していたものとは違っていて、雨や気温の状況によってもその都度異なる結果になります。画像には、無数に降る雨粒ひとつひとつの消え様、そして地面にぶつかって消滅するときの、物理的なエネルギーを見ることができるように思います。
当初は自分ができる限り関与しない、科学写真のような客観的なものを期待していたのですが、そう単純な話でもなかったようです。写真のフィルムは当然、このような使い方のために作られている訳ではないので、画像を得る方法は、かなり不安定なものです。通常の撮影方法でカメラやフィルムが果たす役割を、自分の手や感覚で補わなければならなくなり、私の曖昧な手仕事の跡がどうしても残ってしまいます。フィルムからプリントを作る場合は、なるべくそうした部分が目立たないような範囲を選んでいます。私にとって面白かったことは、自分が画像の制作を取り仕切っているのではなく、身体的にも精神的にも巻き込まれている状態を発見したことです。記録は半年間集中的に行っていましたが、自分で計画したこととは言え、雨が降れば急いでフィルムを準備して、雨に差し出すという、周りから見ればかなり不審な行動ですけれど、記録を行っている自分はどちらかというと道具のひとつのような関わり方をしていたと思います。こうした方法に限らず、カメラを持って何かを追いかけたことがある人なら不思議にも思わないことかもしれませんが。

shadow stealing

《shadow stealing》、2010年

「影」のシリーズも、雨と同じく、上から降ってくるものを記録するものですよね。「影」のシリーズについて説明いただけますか?

そうですね。雨の記録をやっているうちに、別のいろいろな身近な現象についても考えてみようと思い、次に影の記録を始めました。影は写真にはとてもなじみ深いモチーフですが、これも雨と同じように、カメラを使わずに影だけを記録する方法でやっています。実際の方法は単純で、印画紙を平らに拡げて、そのへんの地面や壁に落ちている影を採集するような感じです。印画紙は光が当たったところが黒くなるので、印画紙の上に影が落ちるように持っていけば、明暗は反転するものの、影のかたちはそのまま、同じ大きさの白黒の画像になります。暗室の中で、植物や食器などの小さな物体を直接印画紙の上に置き、その影を撮る方法はフォトジェニック・ドローイング、フォトグラムなどの名で知られており、写真の出現時より存在する技法です。私が行っているのも、画像が記録される仕組みは全く同じです。ただ、暗室の中で制作するのではなく、印画紙を屋外に持ち出してみました。いまのところ、夜の街灯で照らされた植物の影を記録したものがあります。撮影の際は、眼に見えている何かの影を記録していますが、写真として現場から切り離されてしまうと、影の原因になっているものや、光の差した方向、印画紙平面の置かれた位置などを推測することができない、というかもしかしたら、何も見るべきものがないような画像です。雨や影といった現象は、身近な存在ながらほとんど意識されないものとして空間を埋め尽くしているところに関心を持っています。

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《tsuru 02A》、2012年

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《tsuru 02B》、2012年

ありがとうございます。では最後に「ツル」のシリーズについて説明お願いします。このシリーズを「これからの、未来の途中」展に出品されるんですよね。

そうですね。現状のプランだと、そう考えています。そもそもこの「ツル」のシリーズは、先の二つとは異なり、カラープリント用の印画紙を使っています。暗室の真っ暗闇のなかで、印画紙で折り鶴を折り、数回光を当てることで制作しています。折り鶴の下に別の印画紙を置いて同時に露光しているので、二枚一対のプリントになっています。折り鶴は平面と立体の両方の性質を持っているところが面白く、また私は、折り鶴が千羽鶴などに見られるように、願いを込めたり思いを伝えたりするものとして捉えられている点にも興味があったので、思いを込めて折る行為を模倣するつもりで、外界から遮断された暗室の中で一から手探りで折り、現像までを行うことにしました。
思いが写真に写ったら面白いなと思いましたが、実際出来上がったものに見られるのは、折った痕跡と、光の痕跡だけです。しかし二枚のプリントの間でその痕跡を追っていくと、平面と立体、静止した折り鶴のかたちと動いて見えるイメージ、実体と影といった、複数の対立する要素が連続して見えてきます。ちょっと話を拡げ過ぎかもしれませんが、何かを思いながらただ手を動かして折り鶴を折っていくことと、写真に何かを見ようとしてただ眼を動かしていることは、何となく似ていると思います。どちらも、当初の企てを別のものへと知らず知らず、すり替えながら解消していくような感じがあるように思います。
折り鶴に思いを込めるのと同じように、何かを見ることによっても「思い」や「考え」を見ている対象の方へ預けている、という言い方ができるかもしれません。そのようにして自分の思いや考えを自分の頭の中から外に出して、外部の対象にに預けておけば、時間が経ってから再び立ち戻ってみたり、他の関係性の中に投げこんでみたりすることができます。「雨」や「影」のシリーズは、外部の対象を再現しようとして始めたものですが、実際にやってみて、最終的な画像だけではなく、そこに至るまでの行為や、自分の視点が変化していく過程についても、改めて考えてみることになりました。「雨」と「影」の後に始めた「ツル」のシリーズは、見たり作ったりしている人間の変化のほうにより関わりがあって、今回の展覧会のタイトルともあっているように思っています。「ツル」だけを展示するのは初めてなので、どのような構成にするかいろいろといま考えています。ありがとうございました。

◎プロフィール

経歴

1984年

福井生まれ

2012年

京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科修了

主な個展

2011年

  • 「影を拾う」boogaloocafe 四条店(京都)

2012年

  • 「雨 New Creators Competition 2012 展覧会企画公募展」
    CCC-theCenter for Creative Communications(静岡)
主なグループ展

2013年

  • 「Cumin Project Group Exhibition '13 Little Melodies」
    ホテルアンテルーム京都Gallery 9.5(京都)

2014年

  • 「Cumin Project Group Exhibition '14 / CUMIN SEED みなみくのミカタ」
    ホテルアンテルーム京都Gallery 9.5(京都)
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  • 「休日うら山フェスティバル チャイムの鳴る森」陽楽の森(奈良)
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  • 池口友理・高野友実 二人展「D」gallery 301(神戸)