「未来の途中」展の出品作品について説明いただけますか?
私の作品の多くは「三島手・印花」という伝統的な装飾技法で作っています。元々は鉄分を含む赤土と呼ばれる土に陶印を押し、白い土を埋め込む作風が多く見られますが、仁清土と呼ばれる貫入が細かく入る白っぽい土に陶印を押し黒い土を埋め込んでいます。私はこれを「黒印花(くろいんか)」と名付けています。
「未来の途中」展展示風景(撮影:林口哲也)
《黒印花皿「蝙蝠」》
「三島手・印花」は花柄の陶印が印象的ですが、それ以外でも様々な模様の陶印が用いられ組み合わせによっても作り手の個性が出てきます。
私は蝙蝠の陶印を使うことが多くあります。蝙蝠は不吉なイメージを持たれることが多いモチーフですが、明治時代以前は日本でも吉祥文様として色々な形で使われて来ました。これは中国語で福と蝠が同音であることからであるとか、夜でもぶつかることなく飛べることから先を見通すことが出来るからであるといった説があります。
自分が魅力を感じるモチーフを用いることが制作意欲につながりますが、それを用いる意味も作品に込めたいと考えました。
《黒印花皿「勝虫」》(撮影:林口哲也)
《黒印花皿「勝虫」
勝虫(トンボ)も雄略天皇(在位期間456年11月13日〜479年8月7日)が吉野に狩に出かけた時、腕を刺した虻(あぶ)を蜻蛉がくわえて飛び去った故事から、強い虫、縁起のよい虫ということで勝虫と呼ばれ、前にしか進まない性質から武士の決して後ろに退かない「不転退」の精神を表す吉祥文様とされました。
細かい貫入の墨を流し込むことで、羽の繊細さと透明感を表現したかった作品です。
手前左:《青土印花マグカップ》、手前右:《青土印花湯呑》、中央:《重ね鉢》(撮影:林口哲也)
《青土印花シリーズ》
白土に顔料を加えた「青土」に陶印を押し、白化粧を埋め込んだ作品。黒印花とは違い陶印を押した部分以外の素地にも白化粧を薄く残すことで雰囲気が出ます。
《重ね鉢》
日用食器を多く作る中で、収納もしやすくオブジェとしてもみられるものを考えました。特に難しい技法はありません。道具を作る際の正確さ、作る際の土の硬さの均一性、水挽き寸法にどこまで妥協しないか、大きさの違うものの乾燥加減、削りで重ねての微調整。
どこかの工程で気を抜くと、焼成後それが形として現れます。
手前左:《Warm stripe cup》、手前右:《Warm flower bowl》、奥:《Seeds》(撮影:林口哲也)
《Warm stripe、Warm flower、Ice stripe、Ice flowerシリーズ》
「三島手・印花」の押して埋める、削って埋めるという部分を抽出して伝統技法の新しい表現を試みた作品です。釉薬は「亀甲貫入釉」や「二重貫入釉」「薔薇貫入釉」とも言われるもので、素地と釉薬の収縮率(膨張係数)の差によって生まれるものです。陶印の一部と線彫をした部分に釉薬を埋め、金彩・白金彩をすることで無釉(焼き締め)部分との光沢感に差が出ます。これらの作品は、自分の中では洋食器のイメージで制作しています。
《Seeds》
黒泥という二酸化マンガン、大正黒、酸化コバルト等を混ぜ込んだ土と黒い半マットの釉薬との相性が気に入って制作したものです。線彫した中にも黒い釉薬が埋めており、種子を半分に切った状態をイメージしています。
《受け木食器セット》
磁器の本体に木の受けを付けた食器のセット。熱伝導率の高い磁器に木の受けを付けることで、デザイン性と共に手にとっても熱くなく冷めにくい食器としての使い勝手も良くしたいと考えました。受けの部分は和と洋のスタイルに合わせられるように白木の物と白木を染料で染めたものにしました。
「あれからの、未来の途中」展にはどのような作品を出品されますか?
次の4種の作品を出品する予定です。
・Warm flower bowl 淡いピンクの亀甲貫入釉鉢の縁に金彩を施した鉢です。
・Seeds前回出展したものとコンセプトは同じですが、より種子のイメージに近づけたものです。
・Planet 土星の輪ように本体とのあいだに空間のある形をつくりたいと思いました。
ヴィヴィアンウエストウッド?ビームス?のロゴのようなイメージです。
・アボリジニカル「Seeds」に続く黒泥と黒釉の組み合わせによる作品です。アボリジニーのモチーフを自分なりの表現で形にしたいと思っております。
《黒印花皿「勝虫」》
今回ご参加いただいているプロジェクトは、その名のとおり、アーティストの成長支援を目的としています。 そこで最初にお伺いしたいのですが、岡山さんはご自身の活動を振り返って、成長をどのように定義されますか?
難しいですね。そもそも僕がいまやっている仕事は、大きくふたつに分かれます。
ひとつは問屋仕事と呼ばれる数物の仕事、もうひとつは作家活動です。
問屋仕事というのは、家の家業である岡山製陶所の仕事としてやっているもので、問屋から注文を受けて、製品や商品と呼ばれる陶器を、問屋が求める数、納期までに納める仕事です。
一方、作家活動というのは、自分が作りたい陶器を作っていく活動です。
僕の中ではこれらふたつの仕事は、はっきりと違っています。
問屋仕事は先ほど言ったように岡山製陶所の仕事としてやっていますから、製品には「岡山製陶所」を示す印を押しますし、依頼者側の希望を十全に満たすことを優先し作ります。
作家活動の場合は、「高大」もしくは「kôdai」という自分の名前の印を押し、自分の欲求を満たすことを優先します。
こういう風に二つに分かれ、それぞれの仕事で求められるものも違っていますので、成長を一概に定義することは難しいように思います。
岡山製陶所《桜絵茶碗》
では、問屋仕事における成長とは、何を意味するでしょうか?
問屋仕事とは、依頼者の求めるものを作る仕事ですから、例えば、1時間で5個しか作れなかった人が、10個作れるようになれば、それは成長だと言って良いように思えます。
また僕の場合だと、岡山製陶所の作風を身につけていくことも、成長だと言えると思います。
僕は大学を卒業した後に、京都府立陶工高等技術専門校へ行き、その後、京都市工業試験場で勉強をしました。
そうした学校で勉強をすれば、陶芸の技術的なことはおおよそ知ることが出来ますし、陶器をある程度は作れるようにもなります。
しかし、やはりそれぞれの家によって、製品をどう作るかは、微妙に違っています。
かたちで言えば高台の高さをどうするか、であったり、作り方でいえば土をどのようなタイミングで削るのかであったりが、それぞれ違っているんですよ。
だから、岡山製陶所に依頼が来た問屋仕事に対応するためには、岡山製陶所の作り方を体得していかなければなりません。
誰しも癖があり、自分の好きな手の動かし方がありますから、そういう癖や嗜好をきちんと自覚して、自分が作る商品を、岡山製陶所の商品に近づけていくわけです。
そうやって近づけていくことが出来るのであれば、それは問屋仕事における成長だと言って良いように思います。
その「近づけていく」ことは、どれぐらいの期間で身につけることが出来るのでしょうか?
これぐらいで身につく、などと言うことはできません。そもそも「ここまでできたから満足だ」と思ってしまったら、そこから先の成長はありませんよね。
だから「どれぐらいで成長できますか?」という質問に対しては「ずっと」と応えたいと思います。
少なくとも今はまだ、仕事をしていく中で、もうちょっとこうした方が良かったかもな、とか、今日はだめだったなと思うことはあります。
そういえば、いまお話ししたことと関係する言葉として「土揉み3年」という言葉があります。
土揉みというのは、ロクロに乗せる前の土を、手で揉む作業のことをさします。そうすることで土の固さを均一にし、また土の中に入っている空気を抜くわけです。
その「土揉み」については当然、学校で学ぶことが出来るのですが、学校では2週間ぐらいしかやりません。
だから僕は学校にいるときは、土揉みは2週間ほどでマスターできるものだと思っていたんですよ。そしてなぜ「土揉み3年」と言われるのか、理由がよく分かっていませんでした。
しかし仕事を始めて数年経ったときに、ある職人さんに土をお見せしたときに、「全然、土揉みが出来ていない」と指摘されたことがありました。
そしてその職人さんの指示で土揉みをやり直してみたら、後の作業がものすごく楽になったんですよ。そのときに「土揉み3年」の意味がはじめて理解できました。
土揉みについては、3年間やってみてはじめてその意義が分かる、という感じでしょうか。
陶芸についての知識は、学校や本で学べばすぐに知ることは出来るでしょうけれど、実際にそれを身につけるためには、きっと自分でやってみるしか道はないと思っています。
《Warm flower bowl》
では、作家活動における成長はいかがでしょうか?「作家としての成長」という言葉はよく聞きますが、しかしその意味は、その言葉を使う人によって千差万別のように思えます。
岡山さんは「作家としての成長」という言葉を聞いて、どのようなことをイメージされますか?
作家としての成長とは、何なんでしょうね。職人的な成長は、先ほど言ったように技術的な成長だと考えて良いように思えるのですが、
作家としての成長については、どう言えばいいのか、よく分かりません。常に新しい表現を開拓していき、人とは違った表現が出来るようになれば、成長だと言えるのでしょうか。
僕自身について言えば、作家活動においては新しい表現をしていきたいと思っています。そもそも僕は26歳のときから岡山製陶所で仕事を始めて、ほぼ同じ時期から作家活動も始めました。
しかし最初のうちは、自分が何を作るべきなのか、よく分からないままでいて、作家活動も岡山製陶所の仕事の延長線上で捉えていました。
しかしそこから数年経ったときに、三島手という技法を使って製陶する中で、仁清という白い素地に黒泥という黒い土を埋め込む人がいないことに気がつき、自分だけの表現が出来るのではないかと思ったんですよ。
そこから今日に至るまで、三島手をどうやったら今風にアレンジできるのか、どうやったら新しい日用食器を作ることが出来るのか、などと模索しています。
《黒印花皿「蝙蝠」》
「新しい表現」と言っても、それは陶彫もしくはオブジェを作るということではないのですよね?あくまで日常的に使えるものを作っていく、と。
そうですね。僕にとっては日用品であることが、とても重要です。
だから先ほど言った「新しい表現」とは、あくまで日用食器における新しい表現であったり、新しい雰囲気の提案だったりを意味します。
僕は製陶所に生まれて、子どものときから陶芸を見ながら育ってきたので、「陶芸ってこういうものだ」という固定観念に縛られているような気がするんですよね。
だから、僕にとっての「新しい表現」とは、自分の中にある固定観念を超えることだと思います。
たとえば、三島手に金彩や白金彩を組み合わせて作ったり、黒い土に黒い釉薬をかけてテクスチャーの差を見せる作品などを作ったり、
あるいは、古いレントゲンのカメラを使って花を撮影した写真家の写真集を見て、それを陶芸で表現するにはどうしたらいいのかと考えたりしています。
今度の「未来の途中」展でも、そうやって作られた「新しい表現」をお見せできればと思っています。
1976年
京都市に生まれる
1999年
成安造形大学造形学部造形美術科造形表現群ファイバーアートクラス卒業
2000年
京都府立陶工高等技術専門校成形科修了
2001年
京都府立陶工高等技術専門校研究科修了
2002年
京都市工業試験場「みやこ技塾京都市伝統産業技術者研修 陶磁器コース」本科修了
2007年
2008年
「京もの認定工芸士」認定
2013年
「岡山高大 陶展」燗屋美術工芸サロン(京都)
現在