京都工芸繊維大学美術工芸資料館

京都工芸繊維大学

京都・大学ミュージアム連携

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Kyoto Institute of Technology

「大学美術館を活用した美術工芸分野新人アーティスト育成プロジェクト」

太田勲/OTA Isao

◎インタビュー

【2014年】

「未来の途中」展のご自身の展示を振り返ってみて、どのように思われますか?

「未来の途中」展においては過去に制作した過程を自己紹介という形で出品しました。
普段の仕事である職人としての一面と、駆け出したばかりの作家としての活動。技術的には真塗と布摺塗という技法に加え、それらの塗りを活かすような加飾についてもテーマとしました。しかし、振り返ってみるとあれもこれも盛り過ぎて、統一感のない分かりにくい展示だったと思います。それは私自身の作風というものがまだ確立されていない証拠です。
また、周りの作家の方々の作品と比較することもできました。私の展示は商品が多くを占め、また職人としての気質でもある「技術」を見せようとしていたことに気付きました。「作品とは?作家とは?」という問いを見つけることができた展示会だったと思います。

展展示風景

「未来の途中」展展示風景(撮影:林口哲也)

展展示風景

「未来の途中」展展示風景(撮影:林口哲也)

乾漆盛器 朱夏

《乾漆盛器 朱夏》(撮影:林口哲也)

「あれからの未来の途中」展には、どのような作品を出品されますか?

「未来の途中」展においては、特に現代アートの作家の方々における自由な表現とその追究については強い刺激を受けました。そして作品と商品との違いについて感じました。
今回は表現というものにもっと重きをおいた作品のプランを考えています。勿論『漆』という素材についての追究は更に掘り下げますが、表現として自分自身が作りたいという衝動に駆りたてられるテーマを設定しています。
 『漆』は樹液であり、温もりが巡る『血』と形容されることがあります。『血』には感情を乗せることで喜怒哀楽を表現することができます。自然素材はそれだけで美しいですが、そこに『血』を通わせることで、つまり素材の美しさの中に人間のドロっとした感情を乗せるとその美しさはどのようなものになるのか?今回はこれをテーマに、『漆』を掘り下げてみたいと考えています。

【2013年】

fig.1 《干菓子盆 桜》 白檀塗・漆絵・蒔絵、 2013年

太田さんの経歴を拝見すると、芸術系大学や専門学校ではなく、一般大学を卒業されていますよね。どういう経緯で漆の世界に入ったのですか?

そうですね。私はもともと大学と大学院で、電気の研究をしていました。 その当時はプラズマディスプレーがこれから流行っていくという時期で、将来はディスプレーの開発など、物作りの仕事にしたいと思っていました。 そこで大学院を修了してから照明の開発の仕事に就いたのですが、就職した会社では自分が望むような物作りが出来ず、正直やりがいを覚えることが出来ませんでした。 それでどうしようかと思っていたときに漆の世界に飛び込んでみようと思って、退職しました。
なぜ漆だったのかと言えば、私はもともと工芸に興味があり、特に漆は見ていて全く飽きることがなかったからです。 また漆は、触るとかぶれたりして、どこか近寄りがたい神秘さを持っているように思えましたし、日本独自のものだと言って良いようにも思えました。 そういった理由があって、漆を選びました。 会社を辞めた後は、京都伝統工芸専門学校(現在は大学校)に2年間通い、そのときの先生であった大家忠弘氏に弟子入りをして、今の活動へとつながっていきます。 漆の職人と一言で言っても、木地師と塗り師と蒔絵師の3つに大きく分けることが出来るのですが、私は塗り師として活動しています。

fig.2 《布摺塗折敷『芭蕉』》布摺塗・布目塗、2012年

普段はどういうお仕事をされているのですか?

仕事内容は、職人仕事と作家活動のふたつに分かれます。職人仕事では、主にお膳、お椀などの一般漆器とお茶道具などの塗りをやっています。 クライアントから「あの商品を追加で作って欲しい」などという依頼や修理の注文を受けることが多いです。その他ごくまれにですが、新作を依頼されることもあります。
一方、作家活動としては、自分の作品を作って個展などを行っています。 京漆器には伝統的な技法として、8種類の技法があります。たとえば漆を磨いて鏡面のようにする「本堅地呂色仕上げ」ですとか、 塗った後に磨き上げの作業を行わない「真塗り(塗り放し)【fig1】」、透明な漆を塗る「溜塗り」、布や和紙肌、木目を活かした塗り技法などです。 それら8つの技法を適宜使い分けながら、自分の作品を作っています。
私の作品の特徴のひとつは、作品の色鮮やかさにあります。漆のもともとの色は飴色をしているので、顔料を混ぜるとくすんだ色になってしまいます。 でも、私はなんとか綺麗な色を出したくて試行錯誤を重ね、現在では発色のよい緑色とピンク色の作品【fig2、fig3】を作っています。

fig.3 《海松波文様布摺塗食籠》布摺塗(外)・塗一閑(内)、2012年

職人仕事と作家活動は、まったく別物なのですか?

そうですね。技術を磨くという点では、職人仕事はとても重要だと思います。 クライアントからすれば、うちの師匠と同じぐらいのクオリティの仕事を求めているわけで、もし奇麗に塗っていなければ、返品されたりもします。 つまり職人仕事においては、100点の塗りを目指さないといけません。 しかしその日の温度や湿度、さらには自分の気分によって漆の塗り方は変わってきますから、一様に塗るということは出来ず、その点がとても難しいところです。
一方、作家活動において制作する自分の作品では、塗りで100点を目指すというよりか、デザイン的に100点を目指したいと思っています。 こんな風に、職人仕事と作家仕事とでは、意識の持ち方が違っています。

fig.4 《干菓子盆 蔦》真塗・漆絵、2013年

今回のプロジェクトは若手アーティストの成長支援を目的としているものですが、太田さんはご自身のこれまでを振り返ってみて、成長はされたと感じていますか?

塗り師となったこの7年間で依頼された商品を塗ってきましたから、技術的には成長していると思います。 職人仕事における成長は、ひたすら量をこなしていくしかありません。失敗を重ねていく中で、漆のことが分かってくるという感じですね。
一方、作家活動については、成長と言って良いのかは分かりませんが、最近、作品についての考え方が変化してきました。 以前は、師匠から「売れる商品を作った方が良い」と言われていて、自分で売れそうな商品を考えて発表をしていました。 しかし、自分が作りたいものを作っていく方が残っていくのではないかと考えるようになって、今では自分が作りたいものを作るようにしました。
また作品の表現においても、変化しています。作家活動をはじめた当初、作品を塗りだけで作っていたのですが、 仮に「塗り放し」をしたとしても、その魅力がなかなか伝わらないのではないかと思っていました。 そのようなわけで加飾をしたいと思っていたときに、たまたま蒔絵師である今の妻と出会い、彼女に水墨画のような絵を漆で描いてもらうことにしました【fig4】。 金や銀を使った蒔絵よりもさらっと描いた絵の方が塗りも加飾も活き、またその器に盛る料理も栄えると思ったからです。 「塗り放し」の上に水墨画のように絵を描いた漆器はほかにはありませんから、そうした作品は今でも手がけています。

太田さんは、作家活動の作品として自分が作りたいと思うものを手がけられているとのことですが、今後はどういった作品を作られる予定ですか?

私は旅行先で見た池や庭などの風景からインスピレーションを受けることが多いので、自分が何を作りたいと思うのか、現時点から想像することは難しいです。
ただ、どのような作品を作るにせよ、実用品という枠を超えるつもりはありません。 私が思う良い作品とは、使った人が良いと思ってくれる作品です。 つまり作品を完成させるのは、私ではなくてそれを使う人なのです。 お客さんが売り場で私の作品を見たときに、「この漆器にはあの料理を盛ってみたい」と思ってもらえるような作品を作って行きたいと思っています。

fig.5 《妖怪絵巻布摺塗折敷−河童の水遊び》布摺塗・布目塗、2013年

では、「未来の途中」展の出品作品について教えていただけますか?

今回の展覧会では、これまで作ってきた作品を出品しようと思っています。 特に注目いただきたいところのひとつは、「塗り放し」という技法で作った作品です。 「呂色仕上げ」という漆を塗った後に表面を磨く技法を使えば、漆にはつやが出て、それはそれで美しいです。 しかし漆の本来の状態からすれば、不自然な状態であるように思えます。 今回の展覧会には、漆を塗ったあとに手を加えない「塗り放し」で制作した作品を出品しますから、ぜひ漆本来の美しさをご覧いただきたいと思います。
また、「布摺り」という技法で作った作品の実用性と色使いにも注目していただきたいです。 「布摺り」とは文字どおり、麻布を木地に貼り、その上に漆を摺るように薄く塗り重ねる技法ですが、布を貼ることで強度が増し、また傷を気にせずに扱えるので日用使いできるようになります。 いまの私たちの生活空間は、昔に比べるとずいぶん色鮮やかになってきているように思えます。「布摺り」の作品は、そんな私たちの生活の中へ入っていけるものとして制作しました。

◎プロフィール

1977年

神奈川県生まれ

2007年

京都伝統工芸専門学校(現大学校)漆工芸専攻 卒業

2008年

京都府伝統産業優秀技術者「京の名工」の大家忠弘氏(漆塗師)に師事

2010年

  • 京都漆器青年会主催「うるおい漆展」大賞を受賞
  • 京都漆器青年会入会

2012年

  • 京都府から若手職人「京もの認定工芸士」称号を授与
  • 京都漆器工芸協同組合主催「京漆器展」審査委員長賞を受賞
  • 京都漆器青年会主催「うるおい漆展」京都府知事賞及び象彦賞受賞
  • 京都伝統工芸大学校漆工芸専攻 助手就任

2013年

  • 第62回伊勢神宮式年遷宮鉾制作に携わる
  • 京都漆器青年会主催「うるおい漆展」大賞を受賞

*その他、JR大阪三越伊勢丹にて作品展を多数開催